夏到来

梅雨明けの発表は未だないものの、空はすっかり夏模様です。

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暑い、ひたすら暑い。走っている時はともかく、こうして写真を撮る時は汗だくです。これがサーキットのスポーツ走行だとバテて気分が悪くなるのがオチですが、セローのツーリングならいつまでも走っていたいと感じます。バイクが楽しくて楽しくて仕方ありません。セロー買って、本当に良かったなぁ…。

ご報告

買いました。
納車しました。
幸せです。

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もっと非力なエンジンを想像していましたが十分に速いバイクでした。
それにハンドルの切れ角がものすごく大きくて、675Rだったら何度も何度も切り返さないと転回できないような狭い道でも楽々一発Uターンです。最高です。

 

 

 

セロー初ツーリングはちょっくら二見ヶ浦まで。駐車場に立ち寄ると、周りのバイクは大型車ばかり。ハーレー、ドゥカティ、トライアンフ、国産1000ccのSSなどなど…。その中にセローを停めると存在感が薄すぎて景色と同化しているようです。
バイク乗りって多かれ少なかれ自意識過剰だと思うんです。バイクの集まる駐車場では隣のバイクをチラチラ見ながら、お互い意識しまくってる。どうだ、俺の(私の)バイクはカッコいいだろう?って。ハイグリップタイヤを履いて端っこまで使えていないと何となく気恥ずかしいのも同じことです。
セローに乗ると、そういう自意識からも解放されます。誰も僕のセローなんか気に留めないし、誰もセローの排気音では振り返りません。悟りを開いたような気分になれます。

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ところで、先だって損ねた家内の機嫌は未だに改善しておりません。様々手は尽くしているのですが、成すすべがありません。いいんです、僕はセローに乗って幸せですから。

 

以上、セローのインプレッションでした。

人生相談

今日は僕の個人的な相談をさせてください。

 

実は少し前からセカンドバイク所有の構想を練っていたんです。
675Rは年明けに施したカスタムによって公道を走れない姿になってしまいました。オートポリスやHSR九州のスポーツ走行を見込んでの変更でしたが、例の地震により現在はどちらのトラックも閉鎖されています。SPA直入もいいけれどもっと違うところも走りたい、やっぱりツーリングもしたい、そういう気持ちが日増しに強くなっていました。

 

ツーリング用として増車するならできるだけゆっくり走れるバイク、急かされないバイクがいいと思いました。675Rはツーリングも楽しいバイクですが、気持ち良く走るためにはそれなりにペースを上げることを求められます。ゆっくり走っているとエンジンもサスもライディングポジションも「もっと回せ、もっと荷重を掛けろ、もっと体を使って乗れ」と急かしてくるのです。公道を走るには少し速すぎるバイクだと感じます。それよりも、車の流れに乗って淡々と走っても苦痛を感じないバイクに乗りたいのです。


そんな条件で新たな伴侶を探すこと数か月、ついに出会ってしまいました。

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セロー250 30thアニバーサリースペシャルエディション、超極上の中古車です。
販売店はYSPの看板を背負った間違いのないショップ。前オーナーはこのショップで購入し室内保管。走行距離はわずか1,100km。話を聞くと、つい2日前に入庫してきたばかりだとか。
バイクとの出会いは一期一会といいますが、これはもう完全に運命を感じました。僕たちは今日出会うために生まれてきたんだという確信です。この縁(えにし)は、太古の昔に万物が創世された瞬間から結ばれることが約束されていたものだという確信です。
そうです、人と人との出会いと全く同じです。男と女はこのような確信のもと愛を誓い結婚を果たすのです。恐ろしいことにその確信はやがて単なる勘違いだとわかり、時として破局の道を歩むわけですが。何の話でしたっけ? そうです、バイクです。僕はこの時感じた運命がたとえ勘違いだったとしても構わない。このバイクと一緒にならないなんて考えられない。もはや購入の意志は揺るぎないものとなりました。

 

ここでふと思い出したのですが、そういえば僕は妻帯者であり二児の父親でもありました。極上の中古車が見つかっていくら浮かれていても、家内の承諾なくしてバイクの購入をするわけにもいきません。こっそり買う、というやり方も一般的な手法ではありますが、バレた時のリスクを考えると賢明とは言えません。
意を決して家内に相談することにしました。いや、それは相談ではなく懇願でした。リビングのソファで腕を組み、脚を組む家内の前に正座し、いかにこのバイクが僕にとって必要であるか、またこれほど程度の良い中古車に巡り合うことがいかに難しいか、全力を尽くしてプレゼンしました。
家内は終始仏頂面を崩しませんが、僕の意味不明な情熱にほだされて最後には呆れるような、諦めたような表情で承諾の意を示してくれました。
かくして、僕がセローを手にすることを阻む障害はなくなったのです。

 

あくる日、僕は意気揚々とショップに向かって契約を済ませます。早ければ来週にも納車できると聞いてウキウキが止まりません。セローに乗ってどこ行こう♪、とかセローに合わせて夏用ジャケット新調しようかな♪、とか頭の中がお花畑の状態で自宅に戻ると、家内がさめざめと泣いているではありませんか。

 

家内は何も語りません。しかしその涙は僕にこう訴えかけるのです。
私は自分のやりたいことを全部我慢して子育てに24時間365日追われているのに、無神経な夫はバイクのことで頭がいっぱい、子育ての辛さを何も理解してくれない。バイクを買ってもいいといったんは認めたものの、好き勝手な夫と自分を比べると悔しく情けない気持ちになる…。
僕は何も言えませんでした。僕が100%悪いことは分かっています。しかし掛けるべき言葉が見つからないのです。
僕はどうしたら良いのでしょうか? セローの購入を取りやめるべきでしょうか? でも、それはあまりにも断腸の思いというものです。この記事を読んでくださっている諸兄であれば解ってくれるはずです。バイクが無くても生きていくことに不自由はないけれど、バイクのない人生がどれほど色を失い、意味のないものに思えるかということを。
しかし同時に僕にとってバイクは「趣味」であり「余暇に楽しむもの」であって、それ以上のものではありませんから、前提として仕事や家庭が円満であることが不可欠です。バイクが無くても生きていけますが、仕事や家庭を失ったら僕は生きていけません。優先順位が揺らぐことは決してあり得ません。

 

図らずも僕は岐路に立つことになりました。
セローは諦めるべきか。このまま購入に突き進むのか。万が一購入してしまったら、家内にどうフォローしていけば良いのか。いやもうすでに契約済みですけど…。
豊富な人生経験を有する聡明な諸先輩方のお知恵を拝借したく、一筆したためるに至った次第です。